陶房の風をきく~色絵 前田正博展~

今週は急激に気温も下がり、お昼間はお散歩もしやすい気持ちの良い温度となりました。
一方で雨間の日も多く、夜は毛布を足したくなる気温でもあります。
皆様体調を崩されませんようお過ごしください。

さて、明日からは3年ぶりに前田正博先生の展示会が始まります。
先生が60代になってから始められたマスキングテープを使った技法で、心明るくなるような彩りの作品が当苑に並んでおります。

今回も展示会前のお忙しい中、先生にご質問にお答えいただきました。

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●和絵の具から洋絵の具へ
先生が作品で使われる色は一目見て、前田先生の色である、と感じることができます。

そんな先生を表す色を作り出す絵の具は、ガラス質の多い和絵の具から色を重ねて焼成できる洋絵の具へと遷移を遂げていらっしゃいます。
まず先生が東京藝大で陶芸科に入られ絵付けをされたのは、高校時代に油絵を描かれていたこともあり、自然の流れだったそう。
張り切って色を使った作品を作ろうとしても、そのころの教材の中に洋絵の具は無く、和絵の具の五色(赤絵、青、緑、黄、紫)しか上絵の絵の具の選択肢がなかったといいます。

「絵の具の原料は酸化金属なので、焼成温度に耐えられ発色する色は限られていて、その中で工夫して自分らしくオリジナルの色付けが出来ないかと試行錯誤しながら、はじめはスタンダードな白地をいかしたデザイン、だんだん白地を無くし全面を和絵の具で絵付けするようになり、青のバリエーションだけで器を覆ったりしたのが今の技法の元になりました。

その頃、藤本能道先生が和絵の具の研究をされ、難しかった紫を安定させたり、
複数の色見のグラデーションの絵の具の調合にも成功して、使える色は格段に増えたのですが、少ない色味で工夫するスタイルが面白くなり、長い歴史の中で選ばれたバランスの良い五色を改めて見直し、そのまま色味を増やさずに制作を続けることにしたのです。

その後、2度ほどしか焼成出来ないガラス質の和絵の具から、何度も重ねて焼成可能で、スクラッチやマチエールを表現出来る洋絵の具にシフトしました。」

もちろん洋絵の具は色を混ぜて新しい色を作り出すことも可能です。先生も選ぼうと思えばどんな色でも使うことができますが、色や形など制約がある方がより気合が入るのだそう。
そのため色は入念に厳選されています。また、主に器を制作されることから、使える色味も限られてきます。

はっきりと鮮やかに映る先生の色ですが、色を多用されているわけではなく、使っているのは10色ほど。
だからこそ先生らしい色というのも生まれてくるのかもしれません。
また、色の濃淡や、黒を重ねることで深みが生まれ、金や銀をアクセントとされています。

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●経筒と蓋物
今回ご出品いただいた作品の中で、「経筒」の形の花入は新たな試みでご制作されました。

経筒(きょうづつ)は元々経典を納め、埋める際に用いられる容器です。

実際の経筒のように蓋付の花入で、白と黒をベースに彩色の数は控えめに、大切なものを納める厳かな雰囲気を保っています。
先生はお好みになってずっと作られ続けている蓋物と、今回花入を数種類作っていくうちにそれぞれが並んだ作業台でピンとこられたそうです。

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また、先生は常に先生ご自身もお客様も飽きないように心掛けてお仕事をされていらっしゃいます。
本来のジャンルと少し異なるところはありつつ、蓋物は先生の中でオブジェの認識だそう。

確かに一般的にオブジェとは実用性のない造形作品を指すことが多いですが、例えば走泥社が誕生した時代にオブジェは、造形を通じた心象風景のイメージや有り様だと考えられていました。
先生が好んで作り続けていらっしゃる蓋物もまた、先生の心象風景を写し出すオブジェなのでしょう。
今後蓋物に注目して見ると、先生の心象の移り変わりも少し見えてくるかもしれません。

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●アイデアの源
先生の工房にはたくさんの洋書が並び、書店にも通われるという先生。また大学時代にはすぐ近くの上野動物園へ足を運んでいたそうです。

「主に具象の絵付けで作品をつくっている時は、『ネタ探し』に本屋、洋書屋、図書館に日課のように通っていました。
今はネットでネタをいろいろ検索できるのでしょうが、アナログ人間は足で探すのが基本です。

植物園にも良く行きました。
最近のマスキングテープを使った作風になってからは、少しご無沙汰しています。
ギャラリー巡り、美味しい食事、それらもインスピレーションを得るきっかけになっているように思います。」

取り組むものに変化はあれど、多くを見て触れ感じるからこそご制作にも反映され、前進し続けられるのだと感じられます。

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●用の美
ご自分の作品はお使いになられますか?とお尋ねしたところ、「自作の歪んだもの、底切れした器」は日常でお使いになられているとか。
そこで経年劣化も見られるそうです。

使われてこその器、そしてご自分の作品を大切に扱われていることが分かります。

また、ご自身以外の作品でもご愛用されるのは、ビールがお好きな先生らしくグラス、ご飯茶碗の塗り椀とのこと。

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最後に先生から今回の展示に向けてご寄稿をいただきました。

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スランプという事ではないのですが、がっかりする事や、新しい試みがうまくいかなかったりで、珍しくへこんでいたら(柄にも無く)、私の制作モットーの『明るく、楽しく、美しく』に似ていて、ちょっと響いた柚木沙弥郎氏の言葉

『明るくあきらめる 楽しく忘れる』

今回の展覧会でもお茶道具をつくっていますが、茶道への造詣は深くありません。以前、智美術館での『茶の造形展』の出品作を選んで頂いている時に
『前田はお茶をやっているのか?』と林屋晴三先生から聞かれ、『いえ、まったく』と答えたら『作家は、それもあり。つかうものが見立てればいいんだから』
『お茶をやれば(作り手の意識も)変わるだろうけど、おまえさんはそのままで良いよ、よう分からんが』とおっしゃってくださった事が今、思いおこされて仕方ありません。

門外漢なりに気にしている事は、手取りの感覚です。
大きさ、手触りは自分なりに意識してつくっています。

鬼籍に入られたお二人の言葉に励まされての制作になりました。
ご高覧頂けましたら幸いです。

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前田先生は全日ご在廊予定です。
明るく、楽しく、美しい、先生の作品をどうぞご来苑の上、ご覧くださいませ。

(梨)


◇◇◇

【色絵 前田正博展】
開催期間:2024年9月27日(金) ~ 2024年10月1日(火)
Exhibition of MAEDA Masahiro
Exhibition : September 27 to October 1, 2024


< 陶歴 >
1948 京都府久美浜町に生まれる
1975 東京藝術大学大学院工芸科陶芸専攻修了
   第22回日本伝統工芸展 入選(以後40回)
1983 今日の日本陶芸展(スミソニアン博物館・ワシントン、ヴィクトリア&アルバート美術館・ロンドン)
1988 第35回日本伝統工芸展 日本工芸会奨励賞受賞
1991 次代を拓く一新しい茶の造形展(日本橋三越・東京)(92,93年)
1992 日本の陶芸「今」百選展(三越エトワール・パリ、日本橋三越・東京)
1994 手の冒険展(宮城県美術館・宮城)
1996 現代日本陶磁秀作アジア巡回展(国際交流基金)
1997 伝統工芸新作展 鑑審査委員(2000,01,06,07年)
1998 第38回伝統工芸新作展 奨励賞 受賞
2000 前田正博展(大心苑美術館・茨城)
2002 日本伝統工芸展 鑑審査委員(2010,12,15,16,18,20,23年)
   神奈川の陶芸 うつわの美展(神奈川県民ホールギャラリー・神奈川)
   現代の陶芸100年展(岐阜県現代陶芸美術館・岐阜)
2003 Japanese Ceramics Today(菊池寛実記念 智美術館・東京)
2005 第1回菊池ビエンナーレ 優秀賞受賞
東京・六本木に工房を移転 六本木磁器倶楽部開催
2006 現代陶芸の粋展(茨城県陶芸美術館・茨城)
2007 前田正博色絵磁器展(アサヒグループ大山崎山荘美術館・京都)
2008 第2回智美術館大賞 現代の茶陶展 優秀賞 受賞
2009 第56回日本伝統工芸展 日本工芸会総裁賞 受賞
   赤黒金銀線青 前田正博の色絵展(菊地寛美記念 智美術館・東京)
2010 第17回MOA岡田茂吉賞展 MOA美術館賞 受賞
   東日本伝統工芸展 鑑審査委員(2011,14,19,23年)
2011 日本陶磁協会賞 受賞
2013 「カラフル×モノクロ前田正博×日本画」展(佐野市立吉澤記念美術館・栃木)
   第8回パラミタ陶芸大賞展(パラミタミュージアム・三重)
   日本伝統工芸展60回記念「工芸からKOGEIへ」展(東京国立近代美術館 工芸館・東京)
2015 第6回創造する伝統賞 受賞(日本文化藝術財団・東京)
2016 前田正博磁器研究所開催(横浜馬車道・神奈川)
   現代日本の工芸 巡回展(国際交流基金)
2017 第37回伝統文化ポーラ賞 優秀賞 受賞(ポーラ伝統文化振興財団・東京)
   平成の至寶八十三選(法相宗大本山 薬師寺・奈良)
2019 第68回神奈川文化賞 受賞(神奈川県&神奈川新聞社・神奈川)
2020 工藝2020 自然と美のかたち展(東京国立博物館 表慶館・東京)
   第69回横浜文化賞 受賞(横浜市・神奈川)
2021 東京2020 NIPPON フェスティバル オンライン展示ー工芸のミライー
   「青・黄・黒・緑・赤 前田正博作陶50周年 色の風景展」(神奈川県・神奈川)
2022 現在ノ茶陶 水指ト茶碗テン15(緑ヶ丘美術館・奈良生駒)
   日本工芸会陶芸部会50周年記念未来へつなぐ陶芸一伝統工芸のチカラ巡回展
2023 展示会「LEGEND OF DIAMONDS」ギフト制作(ヴァンクリーフ&アーベル)
現在 日本工芸会正会員、茨城県立笠間陶芸大学校顧問
   石川県立九谷焼技術研修所 名誉講師
   日本陶芸美術協会 副幹事長


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